プロローグ (1) (2)

第一章 人生の終わり
(1)2013年2月25日 早朝
(2)夢の中で・・・
(3)朝起きると死んでいました。
(4)死神?
(5)死んでも死なない?

第一章 人生の終わり

6 葬式の日

 

「はい。着きました。目を開けて。」

目を閉じて、本当に1秒も経たないうちに、彼の声が聞こえた。

恐る恐る目を開けると、そこには、お花でいっぱいの大きな大きな祭壇と笑顔の私の写真が飾られていた。

なかなかいい写真だ。お気に入りの一枚。誰が選んでくれたのだろう? お手柄だ。

夫は、少し落ち着いたようで、喪主の席に座って、来てくださった方へ挨拶をしていた。

次から次に沢山の人が来てくれて、あっという間に会場はいっぱいになった。

会いたかったたくさんの友達が来てくれて、受付には、甥っ子や姪っ子が立って対応してくれている。ありがたい。

 

一番気がかりだったのは、母だった。

半年前に、父を見送ったばかりの母はかなり参っていたから。

娘の私が先に逝ってしまって、きっとショックに違いない。ただただ申し訳なかった。

何度も何度も私の顔を見ては泣く母の姿を見て、胸が張り裂けそうになる。

私は、我慢できなくなって、母のそばに行って声をかけた。

「ばあちゃん、ごめんね」

母に謝ってみたけれど、もちろんその声は母には届かない。

なんだか、すごく切なくない。

私は、母に一度も「産んでくれてありがとう」って伝えることなくこの人生を終わってしまったことに気がついた。

そんな大切なこと、生きている間は当たり前すぎて言えなかった。

でも、ありがとうも言わずに先立ってしまうなんて、親不孝にもほどがある。

そう思ったら、なんだか自分がもの凄く情けなく思えてきた。

でももう、全てが遅い。

伝えたかったことをもう永遠に伝えられないということが、こんなにも切ないことだなんて、死ぬまでわからなかった。

 

そんな後悔の念に駆られている間に、葬儀は厳かに始まった。

お坊さんと一緒に、一生懸命お経を読む娘の姿にまた胸が張り裂けそうになった。

私が生前、お経を大きな声で読むことが供養になると言っていたから、きっとそうしているのだろう。

ちゃんと聞こえているよ。ありがとう。

お経は、参列した多くの人が一緒に唱えてくれた。

一緒にお経を唱えるのは、珍しいことらしいけれど、私たちの地域では古くからそうしていた。

この日も、地元の友人がたくさん来てくれていたので、お経の大合唱だった。

こんなに綺麗なんだ、お経って・・・。

こちらの世界から聞くとお経はまるで、キリスト教で言うところの賛美歌みたいだった。

 

参列してくれた友人たちの顔を見て、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。

私は、いったいどれだけ多くの人に支えてもらっていたのだろう。

長く会っていない友達もいて、もっと会って話していればよかったとすごく後悔した。

 

弟や妹、おじさんやおばさんの顔をみると、色んな思い出が蘇ってきて、みんなが愛おしい。

できればみんなに、「ありがとう」って伝えて死にたかったな。

「さようなら、またね。」「私、幸せだったよ」って言ってお別れしたかった。

今叫んでも、みんなには聞こえない。

もう、何もかもが遅かった。

 

そして夫には、「生まれ変わっても、また一緒になろう。」って言っておきたかった。

たくさん苦労を共にしたし、喧嘩もしたけれど、夫を尊敬していたし、愛していたから。

 

「どうですか? 自分のお葬式を見て」

 

葬儀を見ながら泣いている私の横で、レイが静かに言った。

「ただただ、感謝しかないよ。ありがとう、さよなら、って言って死にたかったな。」

涙をぬぐいながらそう答えると、レイがこんなことを言ってきた。

「この人生を巻き戻してやり直せるとしたら、みんなに、ありがとう、さよならって、伝えに行きます?」

「そうね。でも、それよりもまずは、主人に

『生まれ変わっても、また一緒になりましょう。』って伝えに行きたいかな。」

「そうですか。旦那さんのこと、大好きだったんですね。」

「ええ、色々あったけれど、他の人は考えられない。今でも。」

「それなら、伝えに行ってみます?」

「え?どういうこと? 過去に戻れるの?」

「だから、さっき言ったじゃないですか。

現在と過去と未来は、同時に存在するんですよ。

だから、自由に行き来できる、って。

その言葉、いつ、どこで伝えたいですか?」

「そ、そうなんだ・・・。なんか、さっきそう言ってたね。

いざ、できるとなるとちょっと照れるなあ・・・。

そうだなー、どうしよっかなあ・・・。

還暦の頃に戻れたら、素直に伝えられそうな気がするんだけど、どうだろう。

それまでは余裕がなかったし、何かきっかけがないと、

こんな恥ずかしいこと言えない。」

「そうですか。では、還暦のお祝い前に戻ってみましょうか。」

「ほんの数年前なんだけどね。お願いします。

でも、どうやって伝えよう? 私の声は聞こえないんだよね」

「あ、自分自身の声は、ちゃんと聞こえますから大丈夫ですよ。

だから、あなた自身に声をかけてみてください。

あなた自身が自分のその声に従ってくれるかどうかはわかりませんが、

私たちは、重要なことを過去に戻って、自分自身に伝えることができるんです。

ま、自分の声を聞こえないふりをしている人がほとんどですけどね。

過去のあなたが、ちゃんと聞いてくれるといいですね。」

「そうね。ちゃんと聞いてくれるかな・・・。」

 

 自分の性格からいって、自分の心の声なんて、聞くようながらじゃなかったからちょっと不安だった。

それでも、わずかな望みに期待して、私はまた静かに目を閉じた。