命の約束ープロローグ⑵

スピリットファースト

前回までの話

プロローグ⑵

病院に着くと暗い廊下の長椅子に父が一人でポツンと座っていた。

父は、私の顔を見るなり、泣きそうな顔でこう言った。

「お母さんの死んでしもうた。隣に寝てたのに、お父さんは気づいてやれんかった。」

こんなに憔悴した父を見たことがなかった私は、その父の姿を見て、現実を受け止めるしかないと観念した。

 

やっぱり、母はダメだったらしい。

 

自宅で亡くなった母は、検死を受けなければならず、父は一人暗い廊下で待たされていたのだ。

私たちは、その後も長い間廊下で待たされた。

 

自宅には警察が来ていて、現場検証をしているという。

妹が残って立ち会っているそうで、すぐに様子を聞くために電話をしてみたが、

まだ現場検証が終わらず、家を出ることができずにいた。

こんな時に、どれだけ辛いだろう。

私は、早く妹が開放される事を祈った。

 

電話を切って間もなく、実家のすぐ近くに住む叔母たちが父の連絡を受けて駆けつけてくれた。

叔母たちは昨日の夜、父と母と一緒に従姉妹の旦那さんの通夜に参列したそうだ。

そこで母は、叔父、叔母、従兄弟たちなど親戚みんなに会って

「健康で長生きしなきゃね」と話していたらしい。

長生きしなきゃって言っていた本人がこんなことになるなんて・・・。

昨日の夜まで普通に話していたから、叔母たちも状況を飲み込めずにいるようだった。

 

そう、父や私だけでなく、

誰もがみんな、目の前で起きていることが信じられずにいたのだ。

 

みんなで昨日の母の様子を確認し合い、

なぜこんなことになったのか、

各々が一生懸命、その答えを探していると、

やっと検死が終わったので、母を霊安室へと連れていくとの連絡が入り、

そして、検死結果の説明を受けるよう案内された。

父には母の側についていてもらいたかったので、私が父の代わりに検死結果を聞くことにした。

 

検死の結果、母の死因は心不全。

他にどこも悪いところはなかったという。

全く苦しんだ様子がないので、本当に眠ったまま、すーっと逝ってしまったのだろうということだった。

 

この日、母にくるはずの朝は来なかった。

 

朝、目が覚めることが当たり前だと思っていた私はショックだった。

なぜ、どこも悪くないのに、突然心臓が止まってしまうんだろう?

寝ている間に、苦しむ間もなくピタッと止まってしまうというのだろうか。

何もかもが信じられなかった。

検死の結果を聞いた私は、母の死に納得がいかない腹だ立ちさを感じつつ、

とにかく、母に会わねばと思い、急いで霊安室へ向かった。

 

霊安室は、病院の端の端にあった。

ドアを開けると、目の前に祭壇があり

その前に白いシーツをかけられた母が寝ていて、

お花と水とそして、線香立てが小さなテーブルの上に置かれていた。

一本の線香が、すっと一筋煙を立てて、静かに静かに燃えている。

そんな母の枕元に父は呆然と立ち尽くしている。

 

私は、やっと母に会うことができた。

時計を見ると、もう朝8時を回っていた。

私は、母のそばにゆっくりと近づき、母の顔を覗き込んだ。

母は、ただ眠っているようにしか見えず、

まだ、生きているんじゃないかとさえ思えるくらい、静かで穏やかな顔だった。

 

「どうしたの? お母さん、何があったの?」

 

私は、そう声をかけるのがやっとだった。そして、恐る恐る母の頬を撫でてみた。

その頬に触れた瞬間、私は母がもうこの体にいないことを悟った。

母の頬は、冬の朝の凍った大地のように冷たかったのだ。

 

母は、死んでしまったんだ。

 

私はやっと、母の死を理解することができた。

そして、一気に込み上げて来る涙をまたしてもぐっとこらえた。

泣いてもいいのに、泣きたくなかったのだ。

母の死は理解できたれど、まだ、どうしても受け入れたくなかった。

 

それは、ささやかな私なりの神様への抵抗だった。

 

私は、しばらく静かな霊安室の中で父と並んで母を見ていたけれど、

その場にずっといることができずに、部屋を出て病院の外へと向かった。

どうしても冷たい空気を吸いたかったのだ。

 

病院を一歩外に出ると、私はよく晴れた空を仰ぎながら大きく深呼吸した。

「なんて日なんだ。これからどうしたらいいんだろう」

漠然とした不安が空っぽになった心を埋め尽くしていく。

空を仰いで、気持ちを整えていた私は、

やっとの事で心を埋め尽くしていく不安と折り合いをつけた。

これからが大変だから、この不安に自分を乗っ取られるわけにはいかなかったのだ。

そして、私は、空を仰いでいた目を目の前の景色へと落とした。

 

外の世界は、ちょうど日常の生活が動き出した頃だった。

目の前の道路は通勤ラッシュの車で混雑している。

それを見て、一気に日常に連れ戻され、

ハッとした私は慌てて携帯を取り出した。

 

夫と職場に連絡しなければ・・・。

 

私は、まず仕事に行っていた夫に連絡した。

夫は、なぜか、救急車で運ばれたのは父だと思っていた。

私が、電話を受けたばかりで頭が真っ白なまま状況を説明したから、きっと何か間違えて伝えてしまっていたのだろう。

私もかなり気が動転していたようだ。

改めて母の死を聞かされて、ショックを受けていた。

仕事の整理をつけてからまた連絡すると言って電話を切った。

 

夫の電話を切ると、今度は職場に連絡した。

今は一番忙しい決算前の時期。

絶対休めないこの時期に、会社へ状況を説明し1週間の休みをもらった。

慌ただしい会社の空気を感じ取ると、

世の中は今日も変わらず朝が来て1日が始まり、いつもと同じように動いているんだなと不思議に感じた。

外の世界は何もかもが通常通りなのだ。

 

職場からの電話を切ってもう一度空を見上げると、

太陽もまたいつもと同じように燦々と輝き、

空はいつもにも増して眩しいくらいに青いかった。

そうか、自然界も通常通りなのか・・・。

外の世界で時間は、川の流れのようにサラサラといつも通りに流れている。

 

それなのに母のいる霊安室は、

世の中から隔離されたように全く違う時間が流れているような気がした。

いや、霊安室が別世界なのではなくて、

私たちの心の中の時間が、ただ止まってしまっただけなのだ。

 

「神様は、明日が来るなんて、約束してくれていないんだ。」

 

突然、時間が止まってしまった私の心の中に、そんな言葉が落ちて来た。

それは、衝撃的でズシッと重く一気に私の心を暗くした。

 

神様は、ひどいことをするんだな。

まだ、母は、62歳になったばかりなのに。

これから、老後の楽しみを満喫するところだったのに。

私はまだ、何一つ親孝行していないのに、突然母を連れて行くなんて・・・。

 

そう思った瞬間、涙が出てきて止まらなくなった。

私はやっと、病院の片隅で一人で泣いた。

 

朝、起きたら死んでたって・・・、

一番びっくりしているのは、母なんじゃないか・・・。

母は、大丈夫だろうか・・・。

まだ、その辺にいるんじゃないだろうか・・・。

死んだとわからずに。

 

泣きながら、そんなことを思うといたたまれなくなって、母の側にいなければと思った。

「私がしっかりしなければ。」

いつもは発動しない長女モードがオンになり、

私はすぐにまた、ぐっと涙をこらえて濡れた頬をふいた。

 

私はもう一度空を見上げて、数回深呼吸をすると

気持ちを落ち着けてから霊安室へと戻った。

 

 

メンタル・ライフコーチ 大津 真美

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長崎大学教育学部小学校教員養成課程(教育心理学専攻)卒業後、福岡県久留米市内の精神科病院にて心理士として一年半勤務。その後、セラピストとして10年活動しイン...

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