メンタル・ライフコーチ 大津真美

 
Mami Otsu
Mental Life Coach To Live Your True Life

メンタル・ライフコーチ。精神科病院での心理士経験と10年以上にわたるセラピスト&メンタルコーチ経験を活かし、無価値感を癒すためのセルフラブ・レッスン、今よりちょっと自信をつけるためのメンタル・レッスン、人生を信頼し真実の自分を生きるためのスピリチュアル・レッスンを提供している。

    • メンタル・ライフコーチ
    • レインボーFM 「トランジットステーション」コメンテーター
    • NBC学園 コーチング講座講師
    • 長崎大学教育学部小学校教員養成課程卒業(教育心理専修)
    • 長崎在住

Mission

  • クライアントの無価値感を癒し、自分の中の一番神聖で愛に満ちた領域を感じながら、自分らしく幸せな人生を生きる人を増やすこと。
  • 恐れの声でなく、愛の声を聞きながら人生を創造する人を増やすこと。
  •  

Mentor

アラン・コーエンさん
本田健さん
ラハシャ・フリッチョフ・クラフトさん

 

My Story

私が大学を卒業して就職したのは、福岡県久留米市内にある大きな精神科病院でした。心理士として採用され、主に心理検査、心理カウンセリング、グループセッションのナビゲーター、作業療法の補佐などが業務でした。

 配属されたのは、院内唯一の閉鎖病棟。デイケアも入れると、9つも病棟がある中で、一番重度の患者さんがいる病棟でした。大きな鉄の扉で閉ざされた中に、右も左もわからない無知な21歳の私は、たった一人放り込まれたのです。

 重度の精神疾患を抱える慢性患者さんのための閉鎖病棟だったので、最初は、とても緊張しましたが、そこには意外にも、のどかな時間が流れていました。

 とはいえ、急変すると、暴れたり、自傷行為をする方も多く、そんな時は、私は関わることができないので、遠くから見守るしかできませんでした。

 今でも患者さん一人一人の顔が眼に浮かぶのですが、その中でも忘れられない特別な患者さんがいらっしゃいます。

 私が一番好きだった患者さん。彼女は精神の病のため、いつもどこか違う世界で、怖い眼をして、誰かと戦っていましたが、ふと、こちらの世界に戻ってきた時に、私を見かけると、必ず優しく話しかけて下さいました。

  私が今でも忘れられないのは、今日が最後の出勤日という日。

  私は、大好きだった、その患者さんに挨拶がしたいと思い、様子を伺っていました。

 彼女は、いつものように、怖い眼をしてあちらの世界に行っていて、誰かと戦っているようで、ブツブツ独り言を言っています。もうすぐ、最後の勤務時間が終わる・・・という時、彼女がふっと、こちらの世界にかえってきてくれたのです。

  そして、こちらの世界に戻ってきた彼女は、いつものように私に話しかけて下さいました。私は、すぐに、今日が最後だと別れを告げました。いつも、一瞬でまた、あちらの世界に帰ってしまうから、そうなる前にどうしても、さようならと、ありがとうを伝えたかったのです。

 すると、別れの言葉を聞いた彼女は、私に向かって、こう言いました。

「私は、もう一生ここから出られんけど、

 あんたは、外で、幸せにならんばよ」

 ほんの一瞬だけ戻った、「本当の彼女」で発せられた言葉でした。

 この言葉は、病さえも侵すことのできない、彼女の一番神聖な領域から発せられた言葉だったのです。その彼女の神聖さと、この言葉が、今でもずっと心に残っています。

 苦しみの中にいながら、それでも純粋に人の幸せを願う彼女の言葉に、

「自分に代わって、幸せになって」と託されたような気持ちになりました。

 

自分の実力のなさと未熟さに押しつぶされ、1年半の間に、自信というものが、木っ端微塵に砕け散り、いい感じに鼻をへし折られ、体調を崩して実家へ逃げ帰るように退職届けを出し、この日を迎えた私にとって、この言葉は、重くて、深くて、何だか切なくて、でも愛を感じて癒されて、何とかまた立ち直ろうという思いをくれたのです。

 そして、この日から「私は、幸せか?」「どちらに進めば、私は幸せなのか?」「どうしたら私は幸せを感じるのか?」「幸せとは何か?」と自分に問いかけ、人生を選択していくことが、私の最優先事項になりました。

彼女への尊敬の念と共に、「何が何でも幸せになろう」そう決意した瞬間でした。

 

 そしてそれは、誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分で自分を幸せにしてあげるという意識へとシフトした瞬間でした。

 自信が木っ端微塵に砕け散り、無価値感に支配されていた私は、まず、人に認めらるよう、また、人に愛されるように頑張るのをやめました。私自身が、ありのままの自分を許し、受け入れ、愛してあげるところから始めたのです。心で感じることを大切にし、再就職先も、自分の心と向き合って決めました。それは、親の期待を大きく裏切る進路でもありましたが、それでも心の声に従いました。それが、その時の私にとっての、自分で自分を幸せにしてあげることだったからです。

心の声に従うには、心と向き合う必要がありました。時には、過去の自分を癒す必要もありましたし、スピリチュアルな存在である自分に気づく必要もありました。

一つ一つの行動と、体験と、気づきと癒しと学びが、私に自分を信じる力をくれました。何か大きなことができる!という自信というよりも、「きっと私は大丈夫」「どんな私も愛されている」「きっとどんどん幸せになる」「きっと私は自分の使命を生きることができる」そんな自信が少しずつ、少しずつ、育ってきたのです。

 そうするうちに、私は、自分の中にある才能の種を見つけて、水(エネルギー・時間・お金・愛)と栄養(知識・学び・経験)と太陽の光(高次の意識、スピリチュアルな導き、シンクロ、ミラクル、癒し、気づき)を当てて、育ててあげる必要があることに気づきました。

 それは、今も続いていて、きっと一生続くのだと思います。

 そうやって育てた才能の種のいくつかは、芽を出し、花を咲かせ、実をつけました。その時、周りの人がとても喜んでくれたのです。見知らぬ人を癒したり、初めましての人の役に立ったり、一人の人の人生を変えることになったりしました。私も、そして周りの人も幸せになったのです。

 それは、これまでに感じたことがないくらい幸せなことでした。すごく嬉しくて、大きな大きな自信となり、もっと喜んでもらいたくて、さらに多くの才能の種を見つけて、育てていくモチベーションとなりました。

私は、みんなそうやって、雪だるま式に自信を育て、そして、自分の持っている才能を花開かせて、たくさんの人を幸せにし、自分もどんどん幸せになることができるのだと思います。

 

そう信じて、今は一人一人のお客様の最初のちょっとの自信をつけるお手伝いと、才能の種を見つけて育てるお手伝いをしています。